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新党結成について思うこと

「脱原発を言うのは簡単だ。どう実行するか。」

東日本大震災の影響による原発事故直後から、私は終始このフレーズを一貫してきました。
世の中は、異口同音に、「脱原発・・・」

以前、環境企業の東京営業本部に所属の自称バリバリ営業マンだった私には
エネルギー素人政治家がこぞって「脱原発・・・」云々発言が、
とても曖昧で、とても胡散臭くて、迎合アピールにしか聞こえませんでした。

太陽光発電も、風力発電も、メタンエネルギーも、都市ゴミ大規模発電、
蒸気・ガスタービンなどを、全国の客先(主に官庁)にプレゼン奔走し、
コスト、効率、供給、コンスタント確保の使命からの営業活動でした。

県議会議場で「卒原発」なるフレーズを初めて聞いたとき「?」
再生エネルギー、自然エネルギーなどをメインに徐々に原発を
減らす旨の発言を聴いて、違和感を覚えました。

これほど具体性欠く説明は、客先プレゼンにも成り得ません。

それ以降も、原発を代替可能とするエネルギーの国内、県内データ。建設アイテム。
原発から移行期間、コスト、県民への影響など示すことなく、
「脱原発」、「卒原発」の言葉が空しく議場に響いていました。

新党「日本未来の党」は「脱原発」を掲げても、本当に実現できるかどうか甚だ疑問です。

大阪の友人からタイムリーにメールが届きました。

「新党バーゲンセール!」

組む相手も相手だし、「御輿は軽くてパーが良い」の前例もあるし
願ったり適ったり選挙に利用され、ある時期に「ハイ!おさらば!」
では困ります。
もっと くにとし!
薩摩藩士
西郷隆盛・大久保利通の
幼なじみで共に精忠組を
立ち上げ明治維新を駆け
抜けた。

長男-有村俊斉
次男-有村雄助
三男-有村次左衛門
四男-有村國彦
の曾曾孫。

長男の有村俊斉は
のちの海江田信義
(子爵)

明治23年
渋沢栄一と同僚の
貴族院議員

奈良県知事
枢密院顧問官

娘の鉄子は日露戦争
連合艦隊司令長官
東郷平八郎の妻

水戸藩+薩摩藩からは
次男の有村雄助
三男の有村次左衛門が
桜田門外の変に参加。
享年26歳、23歳

有村國彦が家を継ぎ
有村國太郎
有村國秀
有村國宏(私の父)
の代で滋賀に移住

有村國俊 経歴
東京都生まれ

近江八幡市議会議員2期
近江八幡市議会副議長
滋賀県議会議員3期

文教・警察常任委員長
文化スポーツ特別委員長
土木交通・警察・企業
常任委員長
議会代表 監査委員

自民党滋賀県青年局長
自民党滋賀県組織委員長
自民党滋賀県副幹事長
自民党滋賀県政調会長
自民党岡山支部長
自民党近江八幡連協会長

安土城復元推進協議会顧問
関西圏政治研修会
(2府4県)副代表
日野川改修期成同盟顧問
滋賀ロケーション
オフィス所属
数々のドラマに出演
タクシードライバーの
推理日誌など

愛知川地域
水源対策推進協議会 顧問
日本舞踊「穂村流」顧問
日本拳法「龍皇会」顧問
平成防犯見廻り隊員
岡山小学校PTA会長

南津田町『眞念寺』の
長女と平成8年に結婚。
男子跡継が不在のため
猛勉強して試験に合格
現在は住職

妻、子ども2人、義母
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