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決戦前夜の決起大会 in 近江八幡

午前は、「こやり隆史」本部事務所で来客対応。
午後は、近江八幡市で土地改良区事務所など廻り。
夜は、男女共同参画センターで決起大会。

座ることができない方続出の会場の皆様に心から感謝と御礼を申し上げ
以下挨拶しました。

(抜粋)

・・・・・安倍首相は、日本を取り戻す。
として、御膝元の山口県ならではの、
毛利元就公の教訓として「三本の矢」を放ちました。
第一の矢 大胆な金融政策。
第二の矢 機動的な財政政策。
第三の矢 民間投資を喚起する成長戦略。
そして昨日には、骨太の方針、新成長戦略を閣議決定し
それを示しました。

一方、

こやり隆史さんは、滋賀の活力を取り戻す。
として「三本の鑓」を用意しました。
第一番鑓 滋賀県経済に活力を取り戻す。
第二番鑓 女性・若者・高齢者の力をもっと活かす。
第三番鑓 社会資本整備の充実。

どなたが、滋賀県のリーダーに相応しいか。
どなたに、私たちの命と財産を守ってもらいたいか。
頑張ってもらいたいと考えるか。

私は、こやり隆史さん以外に選択肢は到底考えられません。

私の尊敬する東郷平八郎元帥の言葉
「皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ」
に因み、いよいよ明日、滋賀の興廃が問われる決戦の火ぶたが切られます。

やり抜く、こやり。三本鑓で!
やり抜く、こやり隆史を応援してください。
よろしくお願いします。
もっと くにとし!
薩摩藩士
西郷隆盛・大久保利通の
幼なじみで共に精忠組を
立ち上げ明治維新を駆け
抜けた。

長男-有村俊斉
次男-有村雄助
三男-有村次左衛門
四男-有村國彦
の曾曾孫。

長男の有村俊斉は
のちの海江田信義
(子爵)

明治23年
渋沢栄一と同僚の
貴族院議員

奈良県知事
枢密院顧問官

娘の鉄子は日露戦争
連合艦隊司令長官
東郷平八郎の妻

水戸藩+薩摩藩からは
次男の有村雄助
三男の有村次左衛門が
桜田門外の変に参加。
享年26歳、23歳

有村國彦が家を継ぎ
有村國太郎
有村國秀
有村國宏(私の父)
の代で滋賀に移住

有村國俊 経歴
東京都生まれ

近江八幡市議会議員2期
近江八幡市議会副議長
滋賀県議会議員3期

文教・警察常任委員長
文化スポーツ特別委員長
土木交通・警察・企業
常任委員長
議会代表 監査委員

自民党滋賀県青年局長
自民党滋賀県組織委員長
自民党滋賀県副幹事長
自民党滋賀県政調会長
自民党岡山支部長
自民党近江八幡連協会長

安土城復元推進協議会顧問
関西圏政治研修会
(2府4県)副代表
日野川改修期成同盟顧問
滋賀ロケーション
オフィス所属
数々のドラマに出演
タクシードライバーの
推理日誌など

愛知川地域
水源対策推進協議会 顧問
日本舞踊「穂村流」顧問
日本拳法「龍皇会」顧問
平成防犯見廻り隊員
岡山小学校PTA会長

南津田町『眞念寺』の
長女と平成8年に結婚。
男子跡継が不在のため
猛勉強して試験に合格
現在は住職

妻、子ども2人、義母
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