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ありむら国俊 後援会 in びわ湖大津プリンスホテル

ありむら国俊 後援会の南津田町役員会を
びわ湖大津プリンスホテルで開催して下さいました。


今さらですが、プリンスホテルと言えば、堤康次郎氏。

ピストル康の異名を持つ豪快な人だったと生前の祖母から
子どもの頃に聞きました。

私の生まれた年(東京オリンピック)に亡くなられた、堤康次郎氏が
八木荘村(現 滋賀県愛荘町)の出身で、そこで酒造業を営む
祖母(藤居静子)と同郷のご縁がありました。

興味深いエピソードは、西武グループの創始者であり、
第44代衆議院議長ともあろう堤氏が、
「私は衆議院選で当選出来ても、村長選では負ける」
と祖母に漏らしていたそうです。

自分の住む地域が小さすぎて、村内の大きな地域の候補には、
数で歯が立たないとの理由だったそうです。

東京オリンピックのために建設を計画した東京プリンスホテルの完成を
見ることが出来なかったわけですが、西武グループも時代とともに変遷し、
現在は組織も随分変わりました。

今日は、滋賀県を意識しつつ、湖周道路から目前に面する偉大な琵琶湖を
大型バスから眺めつつ、一味違った一日を過ごすことが出来ました。

後援会の役員の皆様、有難う御座いました。
もっと くにとし!
薩摩藩士
西郷隆盛・大久保利通の
幼なじみで共に精忠組を
立ち上げ明治維新を駆け
抜けた。

長男-有村俊斉
次男-有村雄助
三男-有村次左衛門
四男-有村國彦
の曾曾孫。

長男の有村俊斉は
のちの海江田信義
(子爵)

明治23年
渋沢栄一と同僚の
貴族院議員

奈良県知事
枢密院顧問官

娘の鉄子は日露戦争
連合艦隊司令長官
東郷平八郎の妻

水戸藩+薩摩藩からは
次男の有村雄助
三男の有村次左衛門が
桜田門外の変に参加。
享年26歳、23歳

有村國彦が家を継ぎ
有村國太郎
有村國秀
有村國宏(私の父)
の代で滋賀に移住

有村國俊 経歴
東京都生まれ

近江八幡市議会議員2期
近江八幡市議会副議長
滋賀県議会議員3期

文教・警察常任委員長
文化スポーツ特別委員長
土木交通・警察・企業
常任委員長
議会代表 監査委員

自民党滋賀県青年局長
自民党滋賀県組織委員長
自民党滋賀県副幹事長
自民党滋賀県政調会長
自民党岡山支部長
自民党近江八幡連協会長

安土城復元推進協議会顧問
関西圏政治研修会
(2府4県)副代表
日野川改修期成同盟顧問
滋賀ロケーション
オフィス所属
数々のドラマに出演
タクシードライバーの
推理日誌など

愛知川地域
水源対策推進協議会 顧問
日本舞踊「穂村流」顧問
日本拳法「龍皇会」顧問
平成防犯見廻り隊員
岡山小学校PTA会長

南津田町『眞念寺』の
長女と平成8年に結婚。
男子跡継が不在のため
猛勉強して試験に合格
現在は住職

妻、子ども2人、義母
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